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読書マラソン、読書散歩。
変化を感じる閾値は変わる。
鏡かな?と思ってまじまじと見たら、全然知らないおじさんでドッヒャーとなりました(約0.5秒間の出来事)
なんかドッヒャーって、人の名前っぽいですね。
ドビュッシーとかエッシャーみたいな。
 
ご無沙汰しております。
 
単調な日々とはおよそ無縁の生活を送っています。
良いのか悪いのか。
 
おとなになったら、変わらない日々が続くと思っていて、かつてはそのことに絶望していたこともあったんですが、意外と変わる日々です。
すこし前までは、変わりに変わる日々だったのですが、どうやらちょっと変わる、あるいそんなには変わらないっぽい日々になりました。でも、言ってしまえば、そのことも変わったことのひとつにあたるのかなあと。
そしてまあ、あまりにも変わらない日々が続いたら、自分で変えてしまうのかなあと。
 
自分だけが分かるように書いています。
自分への投資? いや、どちらかといえば自分への貯金という言葉がしっくりするかなあ。
 
四半世紀生きて、続けていること。
息をすること。歩くこと。読むこと書くこと思うこと。
これらだけは、死ぬまで続けるのかなあ。
 
かなあ、かなあ、と、鳴き声のように繰り返す。
ぺちゃくちゃ喋る代わりに、かたかたと文字に起こす。
今、ネットカフェでこの文章を打ち込んでいるのですが、一生カタカタいわしているので、たぶんうるせえと思われています。
でもこのカタカタ音大好きなんです(ただし自分が出している場合に限る)
 
ここ最近、チェーンの喫茶店やカフェに入り浸っています。
ひとところに繰り返し行くのではなく、一回限りで、色んなところの店舗を訪れます。
カフェの御朱印長があればけっこうスタンプたまってると思います。
 
ルノアール行った翌日にドトールに行くと、その格差に慄然とする。
ルノアールだと紅茶の値段が倍になるんですが、惜しまずに出すレベルの格差。
ルノアールが最高すぎるという話なんですが。
 
流れるクラシック、調度品、アイスレモンティーのグラスの形、ストローの細さ、レモンの刺さり方・・・全てに美と洗練を感じる。
明確な「こうありたい」を感じる。客の意識も然り。
店員の居ずまい佇まいも然り。執事のごときたおやかさ。
 
ところで私は執事というものに大変な憧憬の念というものを抱いております。欲しい。
(この欲望は公の場では滅多に口にしないのですが、お嬢様扱いされたいというのは全ての女性の夢ですよね?)
(ADとかついてもらえるとしたら執事みたいな人がいいです。100%難しいけど、年上の優しい男性。)
執事喫茶とかに行ったらまあ興奮することが予想されます。行ったことはないのですが。
 
そしてルノアールに行くと、執事喫茶に行ったレベルの満足感が得られますね。
繰り返しますが、執事喫茶行ったことはないのですが。
 
あと、ドイツかぶれなので、ドイツのビアマグみたいな、金属製のごついマグに、冷たいコーヒーを注いで、表面にびっちり現れる結露フェチです。
ザントクーヘンを食べるときは、飲み物は甘くない方がいいな。胃もたれする。
これは上島珈琲店の話。
 
喫茶って本当に素晴らしい文化ですよね。
 
ネットカフェの画面が大きいからか、
今日はついつい、書きすぎちゃったなあ。
 
どうしても便が我慢できないが、女子トイレは使用中。そんなとき、ためらいなく男子トイレに入る。
中世的な髪形、服装、体型だと、こういうとき便利です。
 
| 日記 | 18:09 | comments(0) | trackbacks(0) | |
歌うように書き、駆けるように読む。

「書きながら整理する」というのは良くある話で。
整理の速度を格段に上げる、この「ワープロ」という道具がある時代に生まれて、本当に良かった。

 

今、クロネコヤマトの集荷が来るのを待っています。
「午前中」に受け取りに来るという約束。
この、電車さえ分単位でやって来るご時世に、
バスでさえ正確な時刻にやって来るご時世に、
ここまで幅のある時間指定あるかい。
江戸時代かい。

 

本を読んでいます。
ダニエル・ピンク著『ハイ・コンセプト』。
amazonで取り寄せて、粛々と読んでいます。

 

途中、途中で、ちょくちょく、URLが出てくる。
電子書籍で読んでいるのであれば、すぐにジャンプできるのだろうが、
紙書籍で読んでいるので、ままならない。

 

紙書籍ではなく、電子書籍が主流になった世界では。
URLや他の何らかの手段によって、書籍と書籍とが、(より一般化した表現にするならば)情報と情報とが結びつき、きっと、読書体験は、軽やかに野山を飛び跳ねるようなものになるだろう。
それはもう、ネットサーフィンのように。

 

読書体験のネットサーフィン化。

 

閉じた一冊の本ではなく、もはや本の形をとどめることなく、
開かれた一面の菜の花のように、広がる情報。

 

  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  いちめんのなのはな
  やめるはひるのつき
  いちめんのなのはな

 

  いちめんのもじれつ
  いちめんのもじれつ
  いちめんのもじれつ
  いちめんのもじれつ
  いちめんのもじれつ
  いちめんのもじれつ
  いちめんのもじれつ
  やまとはひるにくる
  いちめんのもじれつ

 

病んでいるわけでは、ないんですよ。
 

| 日記 | 10:59 | comments(0) | trackbacks(0) | |
世界は(私は)本でできている

積読状況が由々しき状態になっています。

しかも、貸してもらった本によって。

 

取材先が貸してくれた本。
元恋人が貸してくれた本。
会社の先輩が貸してくれた本。

 

・・・

 

まる (@arufoy)さんが8:58 午後 on 水, 1月 04, 2017にツイートしました。

 

この本読んでるんだけど、1995年に発行されただけあって、ファクスの有用性をバリバリに説いていて白目。

 

『続「超」整理法・時間編―タイム・マネジメントの新技法 (中公新書)』(野口悠紀雄)の感想(68レビュー) - ブクログ https://t.co/KzpvzAtsDp
(https://twitter.com/arufoy/status/816614658316435456?s=09)

 

もっと言うと、公衆電話の有用性にも触れていて白目。

 

ただ、この本。ある点で非常に面白いです。
それは、「未来の予言書」として。

 

 マイクに向かって話したものが編集可能な文字として、つまりワープロのテキスト・ファイルとして出力されるような技術が開発されれば、脳の一部が外に出たような使い方ができ、人間の知的作業は飛躍的に進歩するだろう。(中略)われわれが生きている間は、多分、夢のままにとどまる技術であろう。
(野口悠紀雄『続「超」整理法・時間編―タイム・マネジメントの新技法 』247ページ)

 

いや、すでに、(部分的には完全に、)実現している。

 

著者の野口悠紀雄氏は、現在76歳。

 

経歴を見ると、「THE・エリート」という感じの方。
それでも、22年前、彼は、22年後に、こんなことになっていようとは、思わなかった。

 

使い方のルールを確立せずに回線と機械だけを普及させた世界の電話会社の責任は大きい。
(同、263-264ページ)

 

技術革新に、ルール(社会契約)が追い付いていない。
技術を革新する側に、その責めを負わせるのは、果たして正当なのか。
じゃあ、お前は何をしているのだと。

 

最近、脂肪がついてきたので、そぎ落とす作業をしなければと思います。
質素倹約、読書と思考、これで大体5kgは落ちる。

 

 

| 日記 | 13:14 | comments(0) | trackbacks(0) | |
半角英数字の近未来感

デメルのクッキーの包装紙を、ブックカバーに仕立てて、
ちょっと高尚な気分。

 

明治期の女学生みたいなこと言っちゃった。
(私の中の明治期の女学生のイメージなのです)

 

そうして読んでいる本が、
野口悠紀雄『続「超」整理法・時間編』
タイトルだけなら驚くほど21世紀的。
1995年刊行の本ですが。

 

私の大好きな安定の中公新書です。
最近すっかりビジネス(ウー)マン化してしまい(ビジネスパーソンでいいですね)、
こうして仕事に活かせるようなハウツー本ばかりを読み漁るようになってしまいました。
特に、今ねっしんに読み漁っているのが、効率化やタイムマネジメント系の書籍です。
時間は有限。

 

意識の高い塾講師みたいなこと言っちゃった。
(私の中の意識の高い塾講師のイメージなのです)

 

仕事を進める上で大変重要なのは、ひとまとまりの仕事を、中断せずに仕上げることだ。
(野口悠紀雄『続「超」整理法・時間編』52ページ)

 

成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない。
(西村克己『1分間ドラッカー 最高の成果を生み出す77の原則』14ページ)

 

これはこれとして。

 

仕事がある段階まで進んでいると、それから離れても、潜在意識のレベルで思考が継続し、その結果、仕事が自動的に進む場合があることだ。いわば「寝かす」ことによって、醗酵させることができるのである。
(野口悠紀雄『続「超」整理法・時間編』60ページ)

 

外山滋比古『思考の整理学』の中にも、「醗酵」という項目と、「寝させる」という項目が、続けて出てきます。

 

『思考の整理学』1986年発刊。
『続「超」整理法・時間編』1995年発刊。
野口氏、2億%読んでいますね。そして、影響を受けていますね。

 

本を読むことも、朝日を浴びることも、
インプットといえばインプット。

 

高学歴のエコロジストみたいなこと言っちゃった。
(私の中の高学歴のエコロジストのイメージなのです)

 

| 日記 | 17:11 | comments(0) | trackbacks(0) | |
燹璽殴鵝匹箸い┐丱灰蕁璽殴

バーゲン。

 

年末ですね。

 

ここの所、けっこう本も読めているし、ブログも書けています。
環境の変化って大きいんだなあ。としみじみ。環境が人を作る。
(100)万人の人に(100)万回思われたり言われたりしていそうなことです。

 

とはいえ、とはいえ、上司の目を盗んで出社し、空き会議室に忍び込んで仕事をする年末の深夜。
窓が無い部屋だから、外に灯りがもれなくて、いることがばれない。
何が云いたいかというと、夜10時に消灯していると見せかけて、窓の無い部屋で誰かがきっと仕事をしている。
誰もいないところで木が倒れたとしても、その音は(哲学的には)鳴っていないのだ。

 

「ない」よりも「無い」の方が、よりビビッドに胸に刺さる。
言い換えれば、訴えかけてくる。

 

断片的な言葉を、閉ざされた部屋の中でちょっと弄んでみて、満足感を得る遊び。
詩的と言うにはあまりに幼稚で、私的と言うのがふさわしい。

 

論理的な言語は、仕事の場で、オフィシャルな場で、散々使っているから、
プライベートでは私的な言語で遊びたい。

 

さて。

 

昔から猫は小供が嫌いであるといい、また小供のある家では猫が育たぬ(中略)
小供は頑是のないもので、猫が生命のために眠っている時にも、突然これを懐き上げて目を覚させる(中略)
昔から犬は小供を友とし猫は小供を敵とす
(石田孫太郎『猫』62-63ページ)

 

漫画『ホワッツマイケル』にこの文章がピタリとくる一場面があった。

 

綺麗な布片または紙類があればまたその上に乗るであろう。
(同、64ページ)

 

こちらも、ホワッツマイケルの一場面を彷彿とさせた。

 

この本に足りないのは、図解だ。
この本の各所の記述にあてはまるイラストなり写真なりを、組み合わせて再度発刊してみたい。もし私が編集者であるならば。

 

全然関係ないけど、
スケボーデッキって、アイロン台にしか見えない。
あえて図は載せません。
想像するなり調べるなりは委ねます。
 

| 日記 | 08:35 | comments(0) | trackbacks(0) | |
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